LOGOS-喜びを分かち合い、悲しみをともにするために-

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残念なお知らせ

この度は残念なお知らせをしなければなりません。
本日(2019年3月11日)を持ちましてこのBlogは終了させていただきます。長年お読みいただき、心から感謝申し上げます。

理由は画像保管量がMaxとなったとの管理会社FC2からの連絡があったことによります。
1枚新しい画像を保管することに古い画像が消えていくようです(正確にはよくわかりませんが・・・)。それはそれで忍びない。
ということで、このBlogは本日をもって更新をやめ、昨年の流行語でいえば「レガシー」として、過去のオリンピック競技場と同じように放置しておくことにしました。





ということで引き続きこちらのBlogで「2」として書き綴ります。
https://take1960jany.blog.fc2.com/

万が一にもお気に入りに登録してくださっている方がいましたら、更新をしていただけますと嬉しいです。
では、こちらの画面からはさようなら!!
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  1. 2019/03/12(火) 08:01:08|
  2. NonGenre
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イースター礼拝のお誘い

4月21日はイースター礼拝です。
お誘いのYouTubeをUPしました。
撮影した松田教会はただ今改築中。礼拝堂も壁材などが置いてある中での撮影でしたが、イースター当日まではリフォームは終了していると思います。
どうぞお越しください、お待ちしています。


  1. 2019/03/12(火) 00:35:45|
  2. Service
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インフォメーション

【Take's PROFILE】

心豊かに、のんびりと・・・。という生活を望んでいます。
あんまり物に執着しないけれど、「形から入る」という矛盾を抱えて生きています。
クリスチャンですけれど、よく礼拝をさぼります。
モーターホーム(キャンピングカー)で遊びに行くことにはまっていますけれど(2018年11月22日手放しました)、へたれで暑がり寒がりです。そしてものぐさです。
単細胞で、理不尽と感じると熱くのめり込んでしまいます。
やせすぎを笑われることこそありました(169cm48kg)が、現在は中年太り(同身長70kg)と生活習慣病イエローカード!!
乳がん10年寛解の妻と文字通り連れ合って、・・・ぃゃそんな彼女にずっと寄りかかって生活しています。


趣味の写真用のBlogを作りました。宜しかったらこちらにも行ってみてください。最近はタイトルを「17文字」で書くことにしています。17文字と言うだけで俳句ではありません(笑)
http://blog.goo.ne.jp/take1960_january/
mixiのIDは 775204 です。
Facebookは本名で検索できます。恐れ入りますが、友人申請はリアル友・知人の方のみ限定とさせてもらっています。1度どこかで飲んだらOKです(^^)/



【POLICY】

2つのボール競技を思い起こしてください。
キャッチボールは、相手が取りやすいところにボールを投げて「受けとって貰う」事を目的とします。
ドッジボールは、同じくボールを相手に投げるのですが、「取れずに落とす」事を目的とします。
会話も同じだと思います。意見が違う人と議論をすることは、僕はステキなことだと思いますが、そこには相手に自分の意見を受け取ってもらうように、真摯に丁寧・丁重に書くことが大切だと思います。まさに会話のキャッチボールだと思います。自分の主張ばかりやあげ足取りのドッジボールではいけません。
このBlog「LOGOS」は、Takeが管理人をしているSiteのひとつです。
「喜びを分かち合い、悲しいことを共有する」ために言葉があると思い、その言葉を使用して、そのコンセプトを実現しようと思っています。
分かち合うためにも、共有するためにも、お互い相手のことを思い、祈り、そして会話をすべきだと思います。
ですから、頂いたコメントはすべてありがたいのですが、その中で一方的に言い放った発言、相手のことを理解しようとしないで攻撃する発言、差別や蔑視的な表現、必要以上の個人情報の開示など、このようなものが含まれている場合は、管理人の権限で削除し、その削除に対しての説明を要しません。
ローカルルールをご了承ください。

テーマ:日記というか、雑記というか… - ジャンル:日記

  1. 2019/03/12(火) 00:00:01|
  2. 未分類
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  4. | コメント:27

誰でも救われる

2019年2月24日、松田聖契キリスト教会に与えられたみ言葉は、ルカによる福音書 6章27-38節。表記のタイトルの説教を清水靖牧師より受けました。今回も礼拝で説教を聞いた内容を一信徒が思ったこと、話を咀嚼し想像したことを含めて綴ってみます。(なお、新改訳聖書を持ち合わせておりませんので、下記聖書箇所は新共同訳聖書に基づきます。また、公式のメッセージについてはこちらをご覧頂きたいと思います。)
なお、聖書は章節のナンバーも記載いたします。

10:8 では、何と言われているのだろうか。「御言葉はあなたの近くにあり、/あなたの口、あなたの心にある。」これは、わたしたちが宣べ伝えている信仰の言葉なのです。
10:9 口でイエスは主であると公に言い表し、心で神がイエスを死者の中から復活させられたと信じるなら、あなたは救われるからです。
10:10 実に、人は心で信じて義とされ、口で公に言い表して救われるのです。
10:11 聖書にも、「主を信じる者は、だれも失望することがない」と書いてあります。
10:12 ユダヤ人とギリシア人の区別はなく、すべての人に同じ主がおられ、御自分を呼び求めるすべての人を豊かにお恵みになるからです。
10:13 「主の名を呼び求める者はだれでも救われる」のです。


聖書は一般論の書であり、あなたに向けて書かれている。が特に今日の箇所は自分に向けて書かれていると思ってほしい旨から清水牧師は説教を始められました。
今日与えられた御言葉は、「では」から始まります。これは9章13節からの疑義に対してのパウロの回答です。
この箇所は旧約聖書申命記30章14節を引用しています。

30:14 御言葉はあなたのごく近くにあり、あなたの口と心にあるのだから、それを行うことができる。

申命記は近くにあり、口と心にあるから「行うことができる」と書いていますが、パウロは「あなたの口、あなたの心にある。」だけで留めています。それは信仰義認、つまり信じていれば救われる。善行義認、良い行いをした人のみが救われるのではない事を主張するパウロ故に削ったのかもしれません。
パウロは口と心だと言われます。神の愛は公平に、ただ神を賛美する口と心が大事だと言っています。9節のように口での告白と心の信仰が大事だと言うのです。

僕個人は聖餐は(closeやopenではなく)Freeの立場です。それは障碍等で明確な意思を伝えられない人であっても(明確な告白が出来なくても)心の信仰があれば良いと思っています。
では、今日の箇所をどう読むのか?といえば、告白できる人であれば告白すべきだと言う意味に捉えました。
洗礼を受けてもいいと思っていられるのならなぜためらうのか?そうした人にとってはパウロの言うように口での告白と心の信仰は両立すべきでしょう。
まさに私は福音を恥としない(ローマ1:16前)、のです。躊躇すべきではないのです。

様々な理由で口での告白が出来ないのかもしれませんが、あと一歩が踏み出せないのであれば、それは周囲の僕らの祈りの問題なのかもしれません。

今日のような信仰の強さの問題を見聞きするたびに、マタイによる福音書17章20節 イエスは言われた。「信仰が薄いからだ。はっきり言っておく。もし、からし種一粒ほどの信仰があれば、この山に向かって、『ここから、あそこに移れ』と命じても、そのとおりになる。あなたがたにできないことは何もない。」を思い出します。
たとえば戦争の悲惨を目のあたりにして神様に「戦争が無くなりますように」と祈る言葉。嘘ではないけれど、本当にこの祈り〝だけ”で戦争が無くなるとは思っていない自分があります。
教会に来ながら、また何かにつけてキリスト教の考えは好きなんだよね、と言ってくれる友。そんな友が最後の一歩を踏み出せないのは、周囲の仲間へのとりなしの祈りが「祈りで山を動かせない」と言う否定が少しあるからではないでしょうか?山動かせると100%疑わない祈りが出来ていないからではないでしょうか?
ああ、からし種ほどの信仰心のないものだと自分自身であきれ返るのですが、それでもそんな自分を神は見捨てずに 13節「主の名を呼び求める者はだれでも救われる」のです。と呼び掛けてくれます。
出来ない、物分かりの悪いものだ、と苦笑い(笑)をしながら神はインマヌエル、私と共に歩んでくれるのです。

ある夜、わたしは夢を見た。
わたしは、主とともに、なぎさを歩いていた。
暗い夜空に、これまでのわたしの人生が映し出された。
どの光景にも、砂の上にふたりのあしあとが残されていた。
ひとつはわたしのあしあと、もう一つは主のあしあとであった。
これまでの人生の最後の光景が映し出されたとき、
わたしは、砂の上のあしあとに目を留めた。
そこには一つのあしあとしかなかった。
わたしの人生でいちばんつらく、悲しい時だった。
このことがいつもわたしの心を乱していたので、
わたしはその悩みについて主にお尋ねした。
「主よ。わたしがあなたに従うと決心したとき、
 あなたは、すべての道において、わたしとともに歩み、
 わたしと語り合ってくださると約束されました。
 それなのに、わたしの人生のいちばんつらい時、
 ひとりのあしあとしかなかったのです。
 いちばんあなたを必要としたときに、
 あなたが、なぜ、わたしを捨てられたのか、
 わたしにはわかりません。」
主は、ささやかれた。
「わたしの大切な子よ。
 わたしは、あなたを愛している。あなたを決して捨てたりはしない。
 ましてや、苦しみや試みの時に。
 あしあとがひとつだったとき、
 わたしはあなたを背負って歩いていた。」 ( マーガレット・F・パワーズ )


尻拭いをして帳尻を合わせてくれるのもまた主なのです。

****

さて、今日もお仲間と一緒にお昼を頂きました。サバイバルのような生活になれたのかE姉の作ってくださった食事が豪華。

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その後この改修の設計をしてくれている東海大杉本先生の研究室のKさんが来てくださり、中間のチェック。
プロテスタントは、カトリックの華美で豪華な金の使い方や思想に対してもプロテストしたのだから、ゆめゆめ質素を心がけてほしい旨をお願いしました。

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  1. 2019/03/10(日) 18:05:20|
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死は勝利に飲まれた

2019年2月24日、松田聖契キリスト教会に与えられたみ言葉は、ルカによる福音書 6章27-38節。表記のタイトルの説教を清水靖牧師より受けました。今回も礼拝で説教を聞いた内容を一信徒が思ったこと、話を咀嚼し想像したことを含めて綴ってみます。(なお、新改訳聖書を持ち合わせておりませんので、下記聖書箇所は新共同訳聖書に基づきます。また、公式のメッセージについてはこちらをご覧頂きたいと思います。)
なお、聖書は章節のナンバーも記載いたします。

15:51 わたしはあなたがたに神秘を告げます。わたしたちは皆、眠りにつくわけではありません。わたしたちは皆、今とは異なる状態に変えられます。
15:52 最後のラッパが鳴るとともに、たちまち、一瞬のうちにです。ラッパが鳴ると、死者は復活して朽ちない者とされ、わたしたちは変えられます。
15:53 この朽ちるべきものが朽ちないものを着、この死ぬべきものが死なないものを必ず着ることになります。
15:54 この朽ちるべきものが朽ちないものを着、この死ぬべきものが死なないものを着るとき、次のように書かれている言葉が実現するのです。「死は勝利にのみ込まれた。
15:55 死よ、お前の勝利はどこにあるのか。死よ、お前のとげはどこにあるのか。」
15:56 死のとげは罪であり、罪の力は律法です。
15:57 わたしたちの主イエス・キリストによってわたしたちに勝利を賜る神に、感謝しよう。
15:58 わたしの愛する兄弟たち、こういうわけですから、動かされないようにしっかり立ち、主の業に常に励みなさい。主に結ばれているならば自分たちの苦労が決して無駄にならないことを、あなたがたは知っているはずです。



キリスト教の暦で今日は顕現節の最後です。いよいよ明日からイエスの苦難と復活を祈る四旬節(受難節)に入ります。
顕現節の最後にこの聖書の箇所が選ばれたことはとても感慨深い事です。(顕現:はっきりと姿が現れること。また、物事をはっきりとあらわすこと。)もともとは、イエスがお生まれになったことが世に知られるのが顕現(公現・エピファニー)ですが、キリスト教的にはイエスが甦ったからこそ宗教として確立し、僕らはそこに救いを見ているわけですから、復活のイエスの話をこの日に聞くことは理に叶っているような気もします。

イエスは私たちの罪のため、十字架の死を経て復活した事に、僕らは喜びと希望を持っています。
キリスト教は2極論的な思想です。天国と地獄、最後の審判で山羊と羊に分けられると書かれている通りです。でも、それは最後の時のみではなく、一事が万事なのかもしれないと牧師の話を聞きながら思いました。
つまりは、十字架の死からの甦り、死にすら勝利したことを信じるか信じないか。キリスト教の奥義を知りたいと思っている人には聖書は理解できるし、斜に構えていると見えないものなのかもしれません。
しかしそれは全ての信じると言うことがそういうものだと思います。

なぜ宇宙の初めがあったのか。ビッグバンのエネルギーはどこから来たのか?という問いかけに偶然だと言う人はいまだ少なからずいます。
とある学者が起こる確率を1兆を1億回掛けた、つまり1兆×1兆×・・・・1兆と1億回する程度と言っていますが、それは人間の体を構成している分子が壁をすり抜けるものより低いとも評しています。もちろん、生まれてから死ぬまで競馬の馬券を買い続けてすべて1等をとる方が話の次元が違うほど簡単でしょうし、明日以降の全ての出来事を預言するのも全く以て簡単なことになります。ですからビックバンを偶然と言うのなら、世にあるすべてがもっと起きやすいことばかりなのですべてが偶然です。試験勉強をしてもしなくても同じ点が取れるほどです、だって出る問題は偶然なんです。試験勉強は問題を想定して勉強するものですから偶然は勉強できないはずです。
逆説的に言えば、つまりは宇宙は神の創造物だと思うのです。偶然ではなく意志により生み出されたもの。
その宇宙を作りたもうた神の意志がなんなのか?を古今から誰もが不思議がり、学びだせるはずのない答えに向かってきました。それは今生きとし生ける人、天才と呼ばれる人から僕のようなものまでの20数億人が、その神の意志を聖書から模索しています。
なんでそんなに多くの人が聖書の中に回答を求めているのか?といえばやはりそこに回答がある可能性が高いからではないでしょうか?
はなから否定する人、わからないけれどわからないから聖書に近づかない人、そしてわからないからこそ聖書を読む人、ここに差異はあります。2極論的な違いを感じます。

生とは何か?死とは何か?復活とは何か?そして復活の時の状態について今日の清書には書かれています。 しかし残念ながらこうだよ、と言うことは僕には全く見当がつきません。それは人智を超越しているのでわからなくて当然だと思うのです。パウロが聖霊の力を借りて書いているからそうなのかもしれませんが、僕には想像がつかない話なんです。
しかし確かに思うのは、偶然にこの地球が生まれ、今現在この時に僕が生まれ、友や連れ合いと出会い、笑顔で一日を過ごし、いい一日だと感謝して眠るのは偶然ではなく、そこに意志があるのです。神の意志と自分の意志ある行動の中で僕らは過ごしている、その意思の源の神はインマヌエル、共にいてくれ、愛してくれる神なのです。

****

工事は着々と進んでいます。喫茶側の玄関が出来つつあります。

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今日は総会のために教会員でない僕はお昼を共にさせて頂き,O姉に送っていただき帰宅しました。牧師ご夫妻には台所のない不自由な生活を強いてしまっていますが、労苦を微塵にも出さない笑顔に救われます。

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来週は教会ニュースとイースター礼拝に向けてのYouTube作成です。
  1. 2019/03/03(日) 15:39:27|
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あわれみ深い人となる

2019年2月24日、松田聖契キリスト教会に与えられたみ言葉は、ルカによる福音書 6章27-38節。表記のタイトルの説教を清水靖牧師より受けました。今回も礼拝で説教を聞いた内容を一信徒が思ったこと、話を咀嚼し想像したことを含めて綴ってみます。(なお、新改訳聖書を持ち合わせておりませんので、下記聖書箇所は新共同訳聖書に基づきます。また、公式のメッセージについてはこちらをご覧頂きたいと思います。)
なお、聖書は章節のナンバーも記載いたします。

6:27 「しかし、わたしの言葉を聞いているあなたがたに言っておく。敵を愛し、あなたがたを憎む者に親切にしなさい。
6:28 悪口を言う者に祝福を祈り、あなたがたを侮辱する者のために祈りなさい。
6:29 あなたの頬を打つ者には、もう一方の頬をも向けなさい。上着を奪い取る者には、下着をも拒んではならない。
6:30 求める者には、だれにでも与えなさい。あなたの持ち物を奪う者から取り返そうとしてはならない。
6:31 人にしてもらいたいと思うことを、人にもしなさい。
6:32 自分を愛してくれる人を愛したところで、あなたがたにどんな恵みがあろうか。罪人でも、愛してくれる人を愛している。
6:33 また、自分によくしてくれる人に善いことをしたところで、どんな恵みがあろうか。罪人でも同じことをしている。
6:34 返してもらうことを当てにして貸したところで、どんな恵みがあろうか。罪人さえ、同じものを返してもらおうとして、罪人に貸すのである。
6:35 しかし、あなたがたは敵を愛しなさい。人に善いことをし、何も当てにしないで貸しなさい。そうすれば、たくさんの報いがあり、いと高き方の子となる。いと高き方は、恩を知らない者にも悪人にも、情け深いからである。
6:36 あなたがたの父が憐れみ深いように、あなたがたも憐れみ深い者となりなさい。」

6:37 「人を裁くな。そうすれば、あなたがたも裁かれることがない。人を罪人だと決めるな。そうすれば、あなたがたも罪人だと決められることがない。赦しなさい。そうすれば、あなたがたも赦される。
6:38 与えなさい。そうすれば、あなたがたにも与えられる。押し入れ、揺すり入れ、あふれるほどに量りをよくして、ふところに入れてもらえる。あなたがたは自分の量る秤で量り返されるからである。」



この聖書の箇所を初めて読んだ時、悪人に「手形(お墨付き)」を与えてどうするのだ!?と戸惑ったのを覚えていますし、それはいまでもあまり変わらず、だれかから(広義の意味で)講解を求められた時になんて答えたらいいのか今でもわからない箇所なのです。誰もができないことであったり、オウムのようにしてはならないことを神の御心というのであればそれはカルト宗教です。無条件に自分のものすべてを差し出しなさい、というのを聞かれたら、キリスト教もカルトなのか?と疑心してしまうでしょう。
神様、仰っていることは良くわかります!でも、そう信じているのだからお前の持っているもの全てを俺によこせ、と言う輩が登場したら、はいその通りにします、とは僕は絶対言えません。
それなのに、なんで聖書は…なんでイエスはこのようなことを弟子に話したのでしょうか?

しかも32節で、自分を愛してくれる人を愛したところでと書かれています。例えば教会の仲間に優しくしたところで、そんなもんじゃぁと言われる訳です。
学校でいじめをした人、会社の嫌な上司、にこやかな顔で近づいてペテンにあわした人、些細なことでクレームをつけてくるお隣さんなど、自分が嫌だと思う人、関わりたくないと避ける人、絶対に許せない人に対して「愛しなさい」と言われてわかりました、とは言えないものです。

それが人間のレベルと神のレベルの差だと説かれます。所詮「自分は温厚で人を愛せる聖人だ」と思った所で、神の目には極悪な人と五十歩百歩だと言うのです。
人間には、本当に無条件で人を愛し切れるものなど持ち合わせていないと言われます。
だから神と結びつく必要があると言うのです。

憐み深い、と繰り返して聖書は語られます。清水牧師は、この言葉は日本語にすると上から目線のように見えるかも知れないが、コンパッション(compassion)は共に苦しむと言うことだと語ります。
聖書の中でも有名な「善きサマリア人の喩え」も盗賊に襲われて道端に倒れているユダヤ人を「憐れんで」助けます。「放蕩息子の喩え」も父親からもらった財産をすべて遊び呆けて家畜のえさを食べていた息子を「父親は息子を見つけて、憐れに思い、走り寄って首を抱き、接吻した。」とあります。
どちらも相手の気持ちになった時「痛み」を感じ、その「痛み」を見た瞬間に共有して、そういう行動に出たのでしょう。
そこに相手の立派さや強さや正しさなどはないのです。ただ、相手が可哀そうに思い、それを見逃すことができない「痛み」に取りつかれたからこその行為です。

イエスはそんな相手をかわいそうに思うコンパッションを大事にしなさいと語ったのでしょう。
つまりは、悪人が自分勝手にお前のものをすべてよこせと言われたらあげることが大事ではなく、あげなくては自分の心が凹ってしまうからと言う自主的な判断。悪人の言うことを真に受けて従いなさい、ではなく、たとえ相手が悪人であったとしても自分の心が動かされたのならその悪人のために出来ることをしてあげなさい、と言う趣旨。
そんな気持ちの時に、相手の人を知っている知らないに問わず、損得勘定抜きに、思わず差し出してしまう関係を持つことが大切なのではないでしょうか。

****

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今日の礼拝は11人、そのうち9名の方とお昼を共にし、それから運営会議。東海大学の杉本先生と学生のKさんと一緒に完成後のお話。
日々進んでいく中、台所のない生活を過ごしてくださっている牧師ご夫妻にただただ感謝。そんな訳で食卓も紙皿にラップをまいた上に、カセットコンロで作った食材。

20190224-03

そして駅からは松田山のカワヅザクラ。

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  1. 2019/02/24(日) 20:24:38|
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HISの「雪化粧の飛騨の里ライトアップと世界遺産白川郷・飛騨高山&氷の芸術「氷点下の森」飛騨牛特別御膳付!憧れの「5つ星の宿」2日間」その2

6時45分からの朝食は2会場。「どちらも空いています」と係りの方の説明、そしてでも洋食会場の方が景色がきれいかと…・との言葉にそちらをチョイスさせて頂きついていくと窓側の席。まだちらちらと雪は降り続いています。
最近のホテルは朝食はバイキングが多いですが、ここの種類はすごい!!和、洋、そして郷土料理なんでもござれ。

お腹いっぱいにして部屋に戻ろうとすればロビーは朝食会場待ちのお客様の列。僕の感覚では洋食レストランだけでもものすごく広いのですがそれでも待たなければ入れないほどのお客様。収容人数はすさまじいものなのでしょう。
早めに行ってよかった!!

めったなことでは泊まらない高級ホテルを後にして僕らはまたバスの人に。そして10分ほどで高山の街へ。
町はずれの鉄砲町にある高山別院照蓮寺さんの駐車場にINN。昔ながらの町並みの保存をしている高山の街は大型バスを止める場所が少ないようで、このお寺さんが観光のために一肌脱いでいるのでしょう。
バスを降りて朝市の店が立ち並ぶ宮川までは添乗員さんがエスコートしてくれ、2時間後にバスの駐車場で…と解散。昨日の白川郷もそうでしたが、ここでも海外の若者がとても多いです。ローカルファストフードのみたらし団子や五平餅、そしてなぜかたこ焼きが人気のようでした。
連れは折り紙のお雛様を購入。

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宮川の反対岸は昔からの商店街。観光客が川の反対を通るために少しさびれた感はあるものの、リノベーションを施した新しい店がまた新たな高山の名店を生み出そうな感じもします。

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そして予てから猫好きのF娘さんとチェックをしておいた和菓子処稲豊園さんへ。
みごと猫子まんじゅうGet!!

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これで高山の目的はほぼほぼ完了。じゃあ上三之町でもぶらつきましょうか…。

古い街並みに似合った刺し子のお店。

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ちょっといい?の同行3人の声に引きずられて入店。

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ビフォー・アフター間違いを探せ!?おっとその手の荷物と破顔の表情は何を意味する!!??
 連れとの古都めぐりでは1回は口にする「クレジットカード使えますか?」(笑)

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応えは柿渋染めの総刺し子のバッグ。
でも、ふだん贅沢をするわけじゃないので旅の楽しみの一つと致しましょう。
飛騨さしこさん

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高山名物からくり人形をつかった宣伝や去るぼぼならぬ丑ぼぼを見ながら歩いたらあっという間に2時間経過。
何度か行っている高山だったけれど以外に新鮮で面白かったな。

さて、ここからバスに乗り90分。秋神温泉という秘境の一軒宿のご主人が始めた氷点下の森へ。
木々に水をかけ凍らせた滝のようなつららの森です。
思った以上に広大な敷地に何と言ってもご主人の話術とパフォーマンスが最高。

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夜間やとても寒い日はシャボン玉さえ凍るとのことですが残念ながらこの日は普通のシャボン玉遊び。

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そして凍った蔵の中には熊の涙と言う銘酒が雪どけを待っているそうです。

暖かい地方に住んでいる者が贅沢に、しかも他人様の運転の観光バスで遊びに行くだけなので辛さはみじんにも分かりません。本当に楽しい2日間でした。
あとは舞台峠でおいしいお昼を食べて帰宅です。

20190217-17

途中事故渋滞のために国道20語に迂回をするなどドライバーさんは最後まで大変でした。本当にお疲れ様でした。

  1. 2019/02/18(月) 22:11:17|
  2. _ Caravan改めTravel
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HISの「雪化粧の飛騨の里ライトアップと世界遺産白川郷・飛騨高山&氷の芸術「氷点下の森」飛騨牛特別御膳付!憧れの「5つ星の宿」2日間」その1

キャンピングカーを手放して一番の不便は思い立ったらすぐに遊びに行けないこと。逆に一番の恩恵は他人任せで旅行を楽しめること。
デメリットを「負」として思い悩んでいてもしょうがないので、メリットを有効利用しようと、スタッドレスを持ち合わせのない僕がチョイスしたのは雪国探索。いつのF母娘にお声をかけて海老名のモンベルで「アイスグリッパー」ソールの靴を買って・・・そうもう若くないからね、踏ん張りがきかず雪上で滑ってこけたらかっこ悪いし怪我でもしたら迷惑をかける(笑)・・・、HISの「雪化粧の飛騨の里ライトアップと世界遺産白川郷・飛騨高山&氷の芸術「氷点下の森」飛騨牛特別御膳付!憧れの「5つ星の宿」2日間」を申し込み。

20190216-00

何十年ぶりにペアー物(^-^;

都庁に7時45分集合というのは、ローカル線沿線に住む者には朝駆けでも不可能。そんな訳で新宿に前泊。
どうせ行くのならと訳の分からんこだわりで、歌舞伎町の「ホテル白川郷」をチョイス。
15日仕事を終えて20時のロマンスカーに乗り込み、出発!

目指すホテル白川郷は古いけれど、温厚な支配人さんと掃除の行き届いた部屋でした。

20190216-11

20190216-12

しかし金曜の夜です。道路の反対側はホストクラブなどの入った飲み屋ビル。若い女の子の大声な笑い声が6階の部屋まで聞こえます。そして酔っ払いが道路の真ん中を歩くせいか時折響くクラクションの音。不夜城の如く明け方まで続いた騒音に熟睡したようなしないような感じで7時前に起き、AllNigetで遊び明かした若者がたむろしているCVSで朝ご飯を買い、大江戸線東新宿駅に向かいます。
ここから2駅、終点の都庁前で降りればバスターミナルとの説明。しかしGoogleMapをみてもなんとなく納得できない(笑)、まぁ行ってみればわかるか。

A2出入り口を降りれば隣にバスターミナルがあり、なるほど、と思うものの、そこにいるのは、クラツーさんやオリオンさんの旗を持った方ばかり。HISのバスは何台も止まっているけれど青い旗は見えず。
しょうがない、バスに荷物を積み込んでいる人に聞けば受付はこの奥とのこと。
なんだ、道路際ではなく奥に受付があるのね。

20190216-01

それでもバスに無事に乗れ、買った朝食を食べ、うとうとしているうちに諏訪湖。道路の日影にかすかに雪が見えるようになってきました。
ちなみにドライバーさんは柿谷さんおひとりで、今日も7時から18時まで、明日も8時から20時までの長丁場、しかも雪道。若さゆえなしえる業なのでしょう。
長野道を松本で降り国道158を走ります。僕をスキーに誘ってくれた友人のホームゲレンデは乗鞍だったので昔々パジェロにスパイクタイヤをはかせてよく走ったものです。
そんな道を運転しないで乗っているだけでいい幸せ(笑)
それにしても雪が少ない(>_<)

さて、添乗員さんは鈴木さん。若手からベテランの域に入りつつあるエイジの穏やかな方。そして今回旅行をご一緒するのは総勢36名。
4割がカップル。4割が女の子の友人同士。残り2割がファミリーといったところか。
雪の白川郷と高山というネームバリューは女の子を引き付けるのかもしれません。

安房トンネルを超えて平湯で休憩。雪不測の日本でもここまで登れば雪はある(^^♪

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ここから先は高度が上がれば雪山、下がれば雪なしを繰り返し、その都度一喜一憂。
そして最初の観光地、白川郷へ到着。乗用車は長蛇の列ですが、観光バスは優先的に入れるのでストレス・フリー。
添乗員さんから見どころを聞き、2時間の探索を開始。であい橋を過ぎることから日本語が聞こえない別世界。

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例えばアフリカのサバンナに旅をすれば地元の人は当たり前に見れる(?)キリンやライオンに嬉々とするのと同じ、白川郷に住む人にすれば当たり前で、もっと言えばなければいいのに・・・と思う雪も、雪なし県に住む僕らや雪なし国にするアジアの人々にとってはテンションの上がる風景で、しかもその民家がわらぶきでできた合掌造りならなおのことでしょう。

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集落外れの和田家の横から城山に上るバスがあるといいますが、1時間に3本のマイクロバスで、その人気ぶりですぐに乗れる確率はあまり高くないらしい。次のバスを20分待つのは2時間の滞在時間の中においてあまりにもリスキーということで歩いて上がることにします。上り口には案内板があり道幅5mほどの完全除雪の道は多くの観光客が同じように歩いて上がっていきます。

この萩町城は内ヶ島氏の城の一つだけれど、お館(天守がない)だったらしいです。この内ケ島氏、足利将軍の馬廻衆から織田に仕え、本能寺の変の後に攻めてきた秀吉の家臣金森長親の懐柔により家臣が寝返り秀吉の傘下に下ったらしいです。
それでも所領が確約されたので祝いの席が主城の帰雲城で設けられることになり家臣ら多くの人たちがこの城に集まった時に天正地震が直下で起こり、城の山ごと崩落し一夜にして内ケ島氏は滅亡してしまったと言います。その地震の規模たるや、どこに城があったのかも今もってわからないとのこと。
まことに悲運な一族です。
こんな話を聞くと内ケ島氏の跡をめぐってみたくなるものです。

そんな歴史も知らずにただただ豪雪に耐える白川の合掌造りの美しさを眺めました。山から下りるころに少し雪が降ってきました。
白川郷では3軒のお宅が家中を見学させてくれています。その中の1軒長瀬家に立ち寄りました。
集合時間が迫ってきているので駆け足で3階まで。囲炉裏の暖かい空気が上まで上がるように板張りではなく緩い格子に編んだ床。こうして使用人もお蚕さんも暖かく冬を過ごせるのでしょうね。
それをさかさまに考えれば屋根まで囲炉裏の空気が温めてくれるわけで、つまり生活している家であればあるほど屋根の雪は少ないのかもしれませんし、そんな暖炉の熱を打ち負かすほどの豪雪というものを思えばそのすごさを感じてしまうのです。

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さてバスに戻りここから高山にある飛騨民俗村へ。ここは周辺でダムに沈む運命の地から合掌造りの家を移築し資料館として再現したものです。明治村でもそうした文化的資産の保護は大変厳しく、結局資料館ではなく観光地化にしてでもお金を落としてもらわなければならず俗化してしまったわけですが、そのジレンマは痛いほどよくわかります。ましてやこの雪深い地にあって改修の度合いは明治村以上でしょう。何とかして少しでも観光客をというのは文化的な資産を知ってほしいとともに観光収入で保存を挿せようという明治村のそれと同じジレンマが夜間照明なのかもしれません。
それはある意味成功しているようで、日が暮れた後も続々と観光バスが訪れていました。
暖かい甘酒のふるまいを頂き一周歩きました。

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今日は温かな1日でした。モンベルのジオラインシャツの上に薄手のカシミアセーターと中厚の同セーター、そしてダウンパーカーを着込めばまったく寒さを感じることもなく返って城山への坂道を登れば、汗かきの僕はうっすらと汗をかいたほどです。
それでも日が落ちた後のこの観光地を一周歩いているうちに寒さはじんじんと身に沁みます。
這う這うの体でバスに乗り込み10分ほど坂道を上った今夜の宿ホテルアソシア高山リゾートへ。
ここは5つ星ホテルとHISも目玉の一つとしております。
僕らの部屋は13階でした。

5つ星ホテルと昨晩泊まったツイン(2人で)12000円のホテルの違いは何なのでしょう?
                ビジネスホテル       リゾートホテル
夕食              原則B&B        豪華夕食付
風呂            部屋の水道水の風呂   温泉(大風呂)
部屋の大きさ       狭いベッドルーム+α   広く優雅         
トイレ(レストルーム)  ユニットバスとトイレ兼   ユニットバスとトイレ兼
調度品           プラスチック多様      ガラス、陶器をふんだんに使用
アメニティ          歯ブラシ、クシ等     歯ブラシ、クシ等
こんなところが目に付くのかな?アメニティは使い捨てなので多くを語りませんが、4つ星ではなく最高ランクの5つ星なら、部屋風呂は不要でせめてシャワーにし、その浮いたスペースでトイレとシャワールーム(レストルーム)をセパレートにしたら高級感が出そうなものです。なんかどこのホテルに泊まっても風呂とトイレが一緒だと残念に思ってしまうのです。

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それでも夕食はおいしかったですよ。暖かいものは暖かく、冷たいものは冷たく、の大原則通り、飛騨牛をおいしく頂きました。
迎え撃つは3種飲み比べセット。三車、氷室、蓬莱。飲み比べと言いながらどれも淡麗ちょい辛。唯一蓬莱がフルーティだったけれど、飛騨のお酒ってみんなこんななのかなぁ?
それでもほう葉味噌のような焼きみそにはすっきりした飲み口のお酒が合います。

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風呂も大きかったです。客数が多いためか殺菌の塩素臭が強かったのとカランの鏡の汚れが気になりましたがまぁしょうがないのかな?

加湿器が部屋についていたので利用させていただき睡眠。
そして朝起きれば・・・

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雪見風呂を楽しみ、朝ご飯を食べに行こう!!
  1. 2019/02/18(月) 20:16:28|
  2. _ Caravan改めTravel
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リフォーム

すでにこのBlogやFacebookを通じて松田教会が改修工事をしているのはご存じのところと思います。
古い教会ですが、建て替えではなく改修に踏み切った理由はいくつかあります。一つは財政的に厳しい点。
そしてもう一つは、東海大学の杉本教授が「建て替えなんてもったいないこの建物を生かしましょう。」と言って下さったこと。

街づくりのスペシャリストである杉本先生はこの建物がこの町に似合うと踏んでくださった。リフォームすればいい礼拝堂になるし、隣接の牧師館も予てから清水牧師のお考えだった平日の交流スペースとして、杉本先生も賛同をされたことでとんとん拍子で話が進みました。

聖書の十戒の偶像崇拝禁止というのは、見えない神のみを信じることを語っていると思います。しかし(広義でいえば)人は弱く、強いもの権力のあるものになりたがったり、またどうしても礼拝堂が美しいとか豪華だとかにこだわります。中世のカトリック教会は、神への帰依より礼拝堂こ豪華さに心を奪われ、一事が万事ではないですがそうしたことに対してプロテスト(抗議)したのがプロテスタント教会です。
だからプロテスタント教会は礼拝堂は質素なのです。礼拝が出来ればそれで感謝なのです。

しかし視線を変え町の人から「教会」・・・・つまり礼拝堂を見てもらえば、それは「礼拝堂」ではなく教会と捉えます。
いろいろなキリスト教会があり、カトリックの豪華な優美な礼拝堂も、松田教会のような小さな町の街角にある小さな礼拝堂も趣を感じられるのでしょう。それぞれの外見の良さを楽しまれるのでしょう。
杉本先生は、そんな小さな町の角に立つ教会を街行く人が趣を持ってみてくれると感じられたのでしょう。

改築のために大掃除をしていたら昔の雑誌が出て来たと。
それは・・・

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2009年ベネッセムック発刊の久保寺香織さんプロデュースのアパレル雑誌(ISBN978-4-8288-6433-4)

おしゃれの達人と呼ばれた彼女のコーディネートを引き立てる背景に

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が使われたのだそうです。
何気ない街角の教会と言うコンセプトに松田教会がばっちりあったのでしょうね。
教会の持つイメージやグリーンの扉や破風に優しさを感じて使ってくれたのかも知れません。

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松田教会改修プロジェクトSiteより借用

礼拝堂は改修され外見も少し変わるかもしれません。
しかしプロテスタント教会の「教会」とはなんだったのか?思い出してください。華美をプロテストした理由は、神からの恵みと隣人への愛を忘れないためです。
新しくなった教会も、アパレルなどキリスト教とまったく違うコンセプトの人が思わず使いたくなるような優しさを醸し出せるようにまい進したいものです。
  1. 2019/02/11(月) 21:17:04|
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人間をとる漁師

2019年2月10日、松田聖契キリスト教会に与えられたみ言葉は、ルカによる福音書 5章1-11節。表記のタイトルの説教を清水靖牧師より受けました。今回も礼拝で説教を聞いた内容を一信徒が思ったこと、話を咀嚼し想像したことを含めて綴ってみます。(なお、新改訳聖書を持ち合わせておりませんので、下記聖書箇所は新共同訳聖書に基づきます。また、公式のメッセージについてはこちらをご覧頂きたいと思います。)
なお、聖書は章節のナンバーも記載いたします。

5:1 イエスがゲネサレト湖畔に立っておられると、神の言葉を聞こうとして、群衆がその周りに押し寄せて来た。
5:2 イエスは、二そうの舟が岸にあるのを御覧になった。漁師たちは、舟から上がって網を洗っていた。
5:3 そこでイエスは、そのうちの一そうであるシモンの持ち舟に乗り、岸から少し漕ぎ出すようにお頼みになった。そして、腰を下ろして舟から群衆に教え始められた。
5:4 話し終わったとき、シモンに、「沖に漕ぎ出して網を降ろし、漁をしなさい」と言われた。
5:5 シモンは、「先生、わたしたちは、夜通し苦労しましたが、何もとれませんでした。しかし、お言葉ですから、網を降ろしてみましょう」と答えた。
5:6 そして、漁師たちがそのとおりにすると、おびただしい魚がかかり、網が破れそうになった。
5:7 そこで、もう一そうの舟にいる仲間に合図して、来て手を貸してくれるように頼んだ。彼らは来て、二そうの舟を魚でいっぱいにしたので、舟は沈みそうになった。
5:8 これを見たシモン・ペトロは、イエスの足もとにひれ伏して、「主よ、わたしから離れてください。わたしは罪深い者なのです」と言った。
5:9 とれた魚にシモンも一緒にいた者も皆驚いたからである。
5:10 シモンの仲間、ゼベダイの子のヤコブもヨハネも同様だった。すると、イエスはシモンに言われた。「恐れることはない。今から後、あなたは人間をとる漁師になる。」
5:11 そこで、彼らは舟を陸に引き上げ、すべてを捨ててイエスに従った。



おぅ、イエスのアンちゃん、また今日もここで説教かい。頑張れよ。


また今日も来たのかい、まぁお前さんもがんばるよなぁ。いくら神様の言葉だって言ってもみんなのその日の生活でやっとでそんな話聞く暇もないよ。


もう1カ月もしゃべっているな、ほんとお前さんは偉いよ。だんだん人も集まってきたよな。毎日やれば成果が出るってもんだな? えっ?俺っちかい? 俺っちはよぉ、そんな話聞く暇あったら魚の一匹でもとった方がいいや、まぁがんばれよ。


そんなやり取りがもしかしたらイエスとシモンペテロとの間であったかもしれません。
ごく普通の寒村のごく普通の貧しい漁師たちを束ねていた網元の若頭であり、顔見知りのシモンペテロの「職場」のすぐそばでイエスは民衆を相手に説教をしていたのでしょう。

この日も朝早いうちに、イエスは集まった民衆の前に神様の御言葉を語られました。
そして、その説教が終わるとシモンペテロに向かって、舟を貸してもらえないか?と依頼をします。舟を貸してくれと言うのは櫓を漕ぐ自分もともに舟に乗ることを意味し、一晩中漁をしていてクタクタのペテロにしてみれば勘弁してほしいと言う気持ちのなか、日ごろ頑張っている顔見知りのアンちゃんの頼みならと渋々と従ったのでしょう。

イエスは語り終えるとペテロに網を下ろせと言います。冗談じゃないぜ、こちとらプロの漁師だぜ、昨日一晩漁をして獲れないのだから今はこのあたりは漁場じゃないんだよ、しかも今は午前中とれるわけないじゃないか、と思いながら、再度アンちゃんの頼みだからと網を下ろすわけです。
いやぁ、ペテロさんって優しい人なんですよね。一晩中漁をして何も取れない、つまりは自分も仲間の給料を支払えない中、金にもならない頼みごとを引き受けるなんて…。イライラして怒鳴り散らしてもおかしくない中、ペテロはどこの誰かもよく知らないイエスに従います。

まれにみる豊漁にペテロは人間業でないことを知ります。この人は人間ではない…。
それは瞬時に恐れに変わり、だからこそあのような行動をするのでしょう。
「主よ、わたしから離れてください。わたしは罪深い者なのです」

この行動はご利益があった!と言う喜びを超越した恐れの行動です。逆に、ずっとイエスに出会いながら話を聞こうとしなかった、そのイエスは「本物だ」と言うことの恐れです。活きて働く神を蔑にした罪です。
つまりは心の片隅では神に従わなければいけないとは感じていたのです。でもこの世的な事情を優先してしまったことへの懺悔です。

イエスは集まった群衆に神の力を見せたのではなく、神から離れた「罪深い」漁師のペテロに神を知らせました。
パウロの言う「私は罪深いもの」とはどんな罪なのでしょう? それは自分の力で生きていけると言う傲慢な考えです。

イエスのことは知っていました。戯言を言えば嫌な顔一つすらせずに微笑みそして説教をしていました。説教の多くは「行ってそのようにしなさい」と結ぶことが多かったのを聞くともなく聞こえていたのを思い出しました。
知るだけではだめなんです。
懺悔したペテロはイエスの後を従いました。

主よ、わたしたちの主よ、
  ゆるされた喜びに満ち、
  いま、出かけます。
  あなたの労苦に 加わるために。
 讃美歌21 94番の1節

****

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大工さんの仕事は早いです。わずか2週間でここまで進んだのか!と驚くべきスピードで、カフェになる部分の床は剥がされ、礼拝堂と同じ高さにあわせられて次週には一部コンクリを打ちます。
逆に言えば、牧師を始め教会員がそのペースについて行けず、今週は礼拝堂に移動され置かれた荷物の中の礼拝でした。
しかし、教会員はニコニコ顔。それは先週も記しましたが、教会とは礼拝堂ではなく、信仰だからです。
それでも久しぶりの2組の方はちょっと驚いていました(笑)
でも改修中の礼拝堂で礼拝を守ることはそうたびたびあることではありません。床板がないので外気がもろに入ってきていつも以上に寒い礼拝堂でしたが、神ともにいることを感じ感謝しかありません。

20190210-04

狭くて雑多になっいる台所でお昼を作ってくれたE姉妹に感謝。
  1. 2019/02/10(日) 18:01:09|
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