LOGOS-喜びを分かち合い、悲しみをともにするために-

舟原日向の石造物調査

昨秋からご無沙汰になってしまっている石造物調境。定例会も冬のお休み時期なので、自主調査だけでもと、Fさん、Iさんと我が家2人の4人で、北舟のTさん敷地内と熊野神社を調査。

Tさん宅は敷地内なので事前に調査依頼済。家のちょうど裏からがけを登り小道を進みます。裏山が崩れるといけないとコツコツご家族でコンクリートを吹き付け土止めをなされているとのこと。

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確かに山が崩れつつある中の石造物ですので半分埋まっていているものが多かったです。文字のバランスからみて板碑の下半分と座台の石がまるまる埋まっていると思われます。
写真の板碑のほかにも天衣を羽織った馬頭観音、弓、矢、宝輪、未敷蓮華をもっているから愛染明王(?)6手合掌の青面金剛 の船型庚申塔、寒念仏供養塔など9点もががけの下を向いています。年号が刻まれている物を見れば、多くが江戸中後期のもの。
高台になぜ? 通行できないところになぜ? と場所がとても不思議です。
敷地所有者のTさん曰く、ここには水路があって村の人たちが水を汲みに来た時にお参りされたのでは、といわれます。寒念仏と言う村の方々の苦行の記念なら水汲みと言う公的な場所でもわからなくはないですが、それでも目線が合う場所につくらなかったのか?という疑問は消えません。

しかし、石造物と言う歴史的文化財が山の崩落で半分埋まっていることに対して公的な費用で保護はできないものでしょうか?

写真は僕らが通常行っている作業である小麦粉をたんぽで凹に入れ文字を見る最中の状態。このあと水で洗い落して現況回復をします。
お礼を言い、熊野神社に向かいます。

こちらにもまったく詳細不明の石造物が半分地中に埋まっていました。

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後からコンクリで下の座石に固定したようですがなんなのでしょうか?神社の総代さんは自治会長が兼任と言うことで、現在の自治会長さんはお若い方なので、地の古老の方にお聞きすればわかるでしょうか?

歴史ある久野のこと、まだまだ知らないことが沢山です。
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  1. 2019/01/19(土) 23:10:03|
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久野自主フィールドワーク(総世寺編その1)

7月7日に舟原日影地区の自主調査をし、暑い間は移動の少なく日影の多い寺社を先にしようと総世寺に調査の依頼をし今日相成ったわけだ。
1441年に小田原城主だった大森氏頼が開祖となって創建された曹洞宗のお寺。小田原の住民になじみの深い北條早雲が生まれるよりもずっと前、しかし京の都では幕府に対して不満が多くなり後の応仁の乱の導火線に火がついたころ。
古刹ゆえに石造物もパッと見ただけで100近くはありそう。今日はまず参道から。

調査をしていると、お声をかける方が。聞けば総代のKさん。ご住職(大黒さん)には調査のお願いをしたが、総代さんにはお声掛けしていなかったので不信がられたのかもしれない。説明をすれば、ご自身のご存じの知識をお教えくださる。

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山門の入り口の塀。左右ともここの真ん中に何か板碑が埋められている。

20180901-02

これはKさんのお話だと、農地解放する前の総世寺の参道の入り口にあったものを、農地解放で小さくならざるを得ない寺社所有地に移設したものだという。
文字には大正4年乙卯の文字。

当時は久野坂下の1号古墳の横の尾根道からこの総世寺に来たらしい。
中宿からの戦後にニコヨンの労働力で作られた道とぶつかるところの「花立松」から総世寺の地所だったという。
荼毘に臥す時などは、ここで松の下に花を供えて参道に入ったのだとか。

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参道の長さ約1km。

秀吉の小田原攻めで箱根を下った家康別働隊はこの総世寺に陣を敷き秀次を連れてきた。なるほどうまい、破れかぶれになって攻めてきても小田原城からはちょいと届かない何重かの防波線の後ろながらも、こちらからは小田原城の様子が見える場所。
この久野の丘陵に壮大な寺院があった。石造物以外にももしかしたらいろいろなお宝をお教えいただけるかもしれない。
楽しみにしたい。
  1. 2018/09/01(土) 17:10:58|
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久野舟原日影地区の石造物調査終了

7月7日に行った表記のフィールドワークの報告書を舟原自治会長にお礼とともにお渡ししてきた。

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これで一区切り。舟原日向地区は、雑草の中に埋もれている石造物も多いので、いったん路傍の石造物の調査を中断し、総世寺さんの敷地内の調査を先にやることにし、ごあいさつ。
大黒さんにお話すればご快諾頂けたので、メンバーと日程を調整し、ご連絡します、と言ってきた。

暑いけれど、趣味のフィールドワークだから案外頑張れる、というわけす。
  1. 2018/07/26(木) 18:39:35|
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久野川の板碑

Facebookには面白い機能がついていて、過去の同じ日にどんなトピックスをUPしたかを自分のFB上にUPして思い返してくれる。
2014年の今日、歴史的農業環境閲覧システムというSiteをみつけてUPしたが、自分が4年後小田原の石造物と言う郷土史に関わるとは露とも思わなかった。

石造物とは石仏だけではなく、さまざまな大きなイヴェントに乗じて作られる板碑などもそうだ。そこには大きな人間の営みがある。それを見ながら古に思いを馳せるのが好きだったりする。

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件の資料には地元久野の明治の地図が載っている。
今の地図と比べてみよう。

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ランドマークとして神山神社を赤丸で囲った。また、中宿の観音堂は2018年のGppgleMapだとこの尺度だとランドマークとして表れないので手書きで書き加えた。
大きな違いをみつけるのは苦もないと思う。まずは道路。坂下369当たりの道路は大きく北に曲がっているのと、JT(将来的にはイオンと書くべきか)の前のバス道路はなく、南に進路をとっていること。
もう引っ越してしまったので書いても差しさわりはないのかもしれないが、我が家はその最初の久野369にあった。1958年ころ両親がここに借地を借りるにあたって、道路から一番遠い奥の土地を借りたが、なんてことない借りた後、家の目の前を道路が出来たというのが上の赤矢印。それゆえ旧道には石仏があるが新道(家の前の道)にはない。

もう一つは青矢印の話。久野川の整備だ。上の明治の地図にも現況の久野川の流れが分かるように青二本ラインで書かれているが、久野川は暴れ川だった。
それを昭和になって改修をした。そんな碑が兎河原橋(おさんがわらばし)のふもとに建っている。

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     久野川改修の詞
久野地区を貫流する久野川は大正震
災以前には幾重にも曲折し常氾濫
して住民を苦しめ土地の発展をさま
たげていました震災後久野川を改修
し耕地を整理し道路を建設するため
久野川耕地整理組合が設立されその
時湯川猪之三郎氏は推されて組合長
となり組合役員ならびに組合員の協
力のもとに英断と努力と犠牲とをも
って幾多の困難にうちかち見事これ
を完成されましたその献身的業績に
よって現在久野地区は飛躍的発展を
示しております氏して二十年我等
はその先駆的偉業を偲びこゝに碑を
建て後代に傳えるものであります
昭和三十八年十二月
小田原市久野連合自治会長
  発起人 濱野
      田中
      星野

こうした歴史が残っているふるさと。地図と板碑のセットで興味深かったりする。
  1. 2018/07/19(木) 15:44:19|
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石造物調査会定例フィールドワーク

今日の調査場所は、前回火曜定例会(僕は不参加)に引き続き早川石垣山でした。
入生田に集合し、ここから約4km探しながらのハイクです。

生命の星・地球博物館の横を通り、早川にかかる間もなく還暦の太閤橋を渡り

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GoogleMap(35.239346, 139.125378)にも、史跡ランドマークとして表示されている(ちょっとびっくり!)の開墾記念碑を調査。

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こうした記念碑は裏面が大切でして、建てた趣意とか寄贈した人たちの名前等々大事な情報満載です。
が、風化とともに読めなくなっていきますので、こうした取り組みは大袈裟に言えば時間との勝負でもあります。
昭和6,7年にこのエリアの開拓があったのでしょう。
早川小学校内にも同様な碑がありましたので、戦争に向け出来るだけ開墾するようにと上からのお達しで皆で勤労奉仕をしたのではないでしょうか?

汗をかきかき、途中のこの農道の道路下の石丁場のあとを見、そしてゴールの直前

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何気ないお墓かと思いましたが、お墓なら故人若しくは家の名があります。とあわせて芝台と竿塔の時代と、中台の時代が違うようにみえます。
つまりは、この畑の持ち主さんが畑の中から中台を掘り当てた。古いものだから放り捨てないで供養しようと畑の端に芝台を設け移設して竿塔を乗せた、と言うのが僕らの推察。
サイズを測らせて頂き、小田原の石造物と認可して登録です。

今回は長丁場を歩きましたが、登録数は2つでした。が石丁場を見たりと僕個人的には満足のフィールドワーク。
鎧塚ファームに立ち寄りソフトクリームを食べ

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帰路に向かいます。
一夜城は簡単な木と紙などで作り上げ、周囲の木を切って一夜にして城を建てるだけの力をもっていると北条に見せつけ戦意を喪失させた、と言うのが通説です。
が、それならば北条側に見えない南斜面に石垣を組む必要性はあったのか? と小和田先生がTVで語られていました。
大きなはったり的な一発勝負を強運で駆け抜けてきた天才児は、その勝負の度にたぶんビクビクしていたのだと思います。そんな内心を見透かされないように虚勢を張り続け、それがはったり勝負の「勝ち」につながったのだと思います。

北条側に徳川がついたら…、長戦になって恩賞もないまま全国の武将を関東まで呼び寄せて・・・、もしを考えればすべての自分側の武将が寝返る恐れは大いに感じていたでしょう。ギリギリのバランスで保たれている天秤はわずかのことでバランスを崩すことが怖くて怖くてたまらなかったのではないでしょうか?
戦国時代最後のはったりは、この一夜城を作り己を大きく見せる事だったのだと思います。その人工、その財力、その…すべてを自分の家臣軍団に見せつけ、太閤殿下ここにあり、の威厳を見せつける必要性があったと思います。故に南斜面にも立派な石垣が必要だった。軽い木と紙の城にふさわしくない立派な石垣を築いて、己の力を味方の家臣に見せつけたのがこの石垣ではないでしょうか?

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帰路の坂道を降りながらそう思います。
茶の湯を楽しんだのも、淀君を呼んだのも、みんな余裕をアピールするため、本当は景色すら楽しむことはなかったのではないか、と。
小田原の海は本当に美しい。彼はそんな美しい海を楽しめたかな?

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  1. 2018/07/14(土) 19:56:20|
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小田原市の石造物を調べる会フィールドワーク

表記のフィールドワークは昨年から初めて、小田原市内の石造物(石仏ではなく石のモニュメント全て)を調査しようという壮大なプロジェクト。
月2回のフィールドワークのため、現状で終えたのは城山と早川の一部のみ。

そんな訳で定例会以外にも、有志活動でアクセスのあまりよくないところ」から
調査しようではないか、と言う話となり、今日はその第1回目。
郷土文化館の学芸員さんのあとをついて行かないフィールドワークは地の利のある久野がいいだろうと、舟原・和留沢地区から調査することにしました。
先輩友人のCさんに、ご存じの石造物をお教えいただき、日程を7日に設定。MLでお呼びかけすれば、4名の方がエントリーしてくれました。6名でフィールドワークに出発~ッ
全国で豪雨の被害のニュースが飛び交っている最中、小田原はさしたる大雨にもならず、天気予報は曇り・・・のはずだったものの、山の天気はなかなか一筋縄でいかず、到着時には

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それでも数分後には雨もやみ、曇天の下

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別に秘密にしている訳ではありませんし、自治会で定期的に掃除をしている馬頭観音。でも、教えてもらわなかったら絶対にたどり着くことができないところにありました。

その後も、自治会管理ではなく、Sさん一族4軒私有の管理の山の神様と稲荷。もちろんお断りしてからの調査です。
Sさん一族がこの地にやってきたころからの守り神なんでしょうか?

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若者のフィールドワークなら1日活動する元気はあるかもしれませんが、僕らはもう壮年。今日のメンバーも40-60代ですので、無理は禁物。2時間程度をもって終了することが、気軽に調査が続けられる要因です。ですので今回は舟原の日陰地区に限定しました。バス通りを下れば南船原のバス停前に9枚の板碑。

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一番古いものは寛政6年(1794年)。黒船を率いるペリー、そしてその扱いに苦慮した井伊直弼の兄井伊直亮が生まれた年です。その時代の寒念仏供養塔です。
文字を読み解くのに時間がかかりますがそれがまた醍醐味。時代を超えて、書かれた人名の方が何を思ってこの石碑を立てたのかを想像するのは誠に楽しいものです。
このほかにも、立山講中、出羽三山講中の記念碑。村をあげて詣でることができないので代表が行くわけですが、行ける人、(今でいうカンパを出して)村に残る人、きっと思いは様々だったでしょう。今生の別れかも知れない当時の旅に想いを馳せます。

今回は16基の石造物を調査できました。
もう12時を大きく回っています。久野で数少ない食事処の番馬亭でお昼を食べることにします。

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とろろご膳1000円はリーズナブルな価格です。
話題は石仏の話です。同じ趣味の仲間故に大盛り上がり。
次は秋に行う予定です。
ご関心をお持ちになりましたら、ぜひ郷土文化館にお問い合わせください。
また、報告はこちらに載っております
  1. 2018/07/07(土) 19:29:51|
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紀伊神社地蔵堂

小田原の石造物を調べる会の定例会で今日は早川の紀伊神社さんと正蔵寺さんをお尋ねいたしました。
特に紀伊神社さんは、同行のIさんご親族と懇意という事で事前にお願いをしてくれ、地蔵堂)お念仏堂のような感じの本堂)を開けて本尊を見せてくださいました。
中世前期と言われています石造の地蔵菩薩像。

20180623-01

両膝を見ると分かりますが、粗目の石でできています。それに漆を塗りその上に金箔を貼ったり色彩豊かな色を施したりした60cm弱の坐像。地蔵らしく右の手には錫杖を持っています。触ることは禁じられましたので、素材は不明ですが蓮華の上に座っています。そして左手には壺を持っているようです。


20180623-02

そばに赴きのある招き猫。粗削りの素朴な顔立ちがなんともいえません。

こうした普段目に出来ない仏像等を見れるのもこの会の楽しみです。

なおこの会は定例会でみんなでアクセスのしやすい場所を廻りながら、個別でも調査を進めることになっております。7月7日は久野舟原地区を廻ろうと思っております。
こうした活動にご興味の方は是非郷土文化館・小田原の石造物を調べる会までお問い合わせください。
  1. 2018/06/23(土) 20:07:19|
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早川地区 紀伊神社と正蔵寺

5月19日に、小田原の石造物を調べる会の定例調査会がありました。

前回に引き続き、早川地区の紀伊神社に向かいます。
神社前には、市の指定文化財の道祖神があります。

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紀伊神社は、参道の真ん中をJRが通過しています。

20180519-02

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参道から石段を臨めば貨物列車が通り、鐘突堂に立てば横を列車が走り抜けます(笑)

大きな忠魂碑ほかの石造物を調査し、メンバーの疑問は、大量の玉垣が奉納された時期前後に何があったのか?という事。
丹那トンネル開通で、前述のJR線が境内の中を通過する補償費で玉垣などを奉納できたのか?
しかし、漁協組合のメンバーと言う書きかたもあるので、それは何かしらの漁業権の問題なのか?
もちろんバックボーンになる下調べもしてこない話ですので、推測の域は出ませんが、そんな自分の推理をおしゃべりし合うのもこのグループの魅力。

20180519-04

調査を終え、隣接の正蔵寺に向かいます。すぐ隣に見えるものの一度道路に戻り、次の小路から丘を越えないとお寺にはたどり着けません。今日はこちらのお寺さんには事前にアポイントメントをとっていませんので、ご挨拶のみ。尼僧のご住職にご挨拶をすれば、君ヶ濱安右衛門と言う関取の顕彰碑があるとのことで、今日はそれだけを拝見させてもらいに行きます。
僕はその関取を存じ上げなかったですが、小田原の端々さまのBlogに載っていました。

古い石造物が豊富にあるお寺ですので、次回はじっくりと見させて頂きたいと思います。
ところで自宅に戻りGoogleMapで場所を調べると

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紀伊神社の南南西の方角に正蔵寺の文字。
しかしズームインしてみると

20180519-07

正蔵寺の文字が2つ、JRの線路を挟んで左右に。
つまりはこのお寺さんは紀伊神社と同じ参道から左に折れてお寺の参道があり、本堂に向かうのですが、それがJRによって分断され、本堂へは違うルートでしか入れなくなったと推測されます。
次回はぜひともそこら辺の所も聞きたいものです。
  1. 2018/05/20(日) 21:34:36|
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石造物調査会のイヴェントへのお誘い

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小田原広報3月号7ページより

文面にも記されていますが、昨年より始まった石造物調査会。
街中には思った以上の石造物(信仰の対象の石仏や行事・防備のための歴史記録の板碑などなど)があることに驚いています。
一緒に見て歩きませんか? とお声をかけられたけれど…、てもすでに出来上がったグループには・・・、と入ってくることに弱腰になっている方いませんか?
みんなスキル高いんだろうな?と弱気になっている人いませんか?
中にはスキルの高い人もいますが、僕のような全くの知識なしに参加している人もいます(^-^; それにみんなフレンドリーです(^^♪

どんなことをしているの?少しでも興味を持たれたらぜひご参加してみてください。
立ち止まって調査する時間も長いので、歩いている時間はさほど長くありません、健脚でなくても大丈夫です(^^♪

道路際での調査もありますので、少人数での募集です。
詳しくは小田原市郷土文化館まで(上記画像の上部に電話番号が載っています)
  1. 2018/03/24(土) 00:00:21|
  2. _StoneMonument
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石造物下調べ(2)

前回は12月30日
午前は別用で松田町寄に行ってきました。この集落も成り立ちが気になるところ。どういう経緯でここに集落が出来てきたのかはそのうち調べてみたいです。
みやま運動広場からろうばい園に行く途中、県道710号線沿い

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男根形の道祖神でしょうか?
これを見て、そうだ!午後は近隣散策をしなければならない、と思いだし帰路に向かいます。
今日は天津神社と宗我神社の間を歩こうと思います。

下曽我交差点を超え、農道を登ります。
距離は大したことないですが、斜度はそれなりにあります。

場所はここ

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入口の説明を見るとインド(バラモン?)十二神を祀っているそうです。

20180203-14

鳥居から本殿に向けて右に5,6基の石造物がありました。

神社前の変形四差路の対面、キウイ畑の隅に石造物が並んでいます。ちょうど農作業をしていたのでお声をかけさせて頂くと『我が家のお墓』と言います。でも一体は地蔵尊?『どこからか持ってきたものでは?』の問いに『むかっしっからあるねェ』とのこと。
写真撮影の許可を頂き撮らせて頂きます。(カメラの露出センサーが壊れたか露出が合わず白飛びしちゃいます。写真が見難く申し訳ないです)

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何かご事情(お祓いや祈願等)があってお地蔵さんを一緒にお祀りしたのかも知れません。天津神社から北の伸びる農道を登ってみましたが、急坂かつ500mほど行っても何もなさそうでなかったのでUターン。(曽我山を抜けて東国に行く旧道もありますが、この道は最近になってから修復拡張した農道みたい)

宗我神社に向かいます。
入り口の石垣の中に道祖神。

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神社内を9-12-3時と時計回りに見てまいります。
入口には石垣完成の記念塔

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その奥に石があります。思案のしどころなのは、周囲を石で囲ってある中にあること。

20180203-19

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本殿の裏には祠がありました。

20180203-21

その右横にも2基の祠

031S_20180203222544043.jpg

3時の位置にはお稲荷さん。左右に2基の狐(狛犬)

032S_2018020322254512d.jpg

4時の位置に折れた石碑。

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本殿正面に戻りました。左右に狛犬(これは向かって左)

039S_2018020322254893e.jpg

本殿正面から向かって右をしたところに手水鉢。

040S_20180203222550322.jpg

尾崎君の碑をはさんで灯篭。

041S_20180203222552823.jpg

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これで境内の石造物はすべて
境内を出て参道を下ると途中(境内を背にして左に)再度尾崎一雄氏の石碑

052S_2018020322255572d.jpg

参道の入り口、下曽我駐在所交差点に2つの大きな石造物
 
054S_201802032225562d5.jpg

20180203-22

と古刹の多いこの界隈は数多くありました。
  1. 2018/02/03(土) 23:35:22|
  2. _StoneMonument
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