LOGOS-喜びを分かち合い、悲しみをともにするために-

あわれみ深い人となる

2019年2月24日、松田聖契キリスト教会に与えられたみ言葉は、ルカによる福音書 6章27-38節。表記のタイトルの説教を清水靖牧師より受けました。今回も礼拝で説教を聞いた内容を一信徒が思ったこと、話を咀嚼し想像したことを含めて綴ってみます。(なお、新改訳聖書を持ち合わせておりませんので、下記聖書箇所は新共同訳聖書に基づきます。また、公式のメッセージについてはこちらをご覧頂きたいと思います。)
なお、聖書は章節のナンバーも記載いたします。

6:27 「しかし、わたしの言葉を聞いているあなたがたに言っておく。敵を愛し、あなたがたを憎む者に親切にしなさい。
6:28 悪口を言う者に祝福を祈り、あなたがたを侮辱する者のために祈りなさい。
6:29 あなたの頬を打つ者には、もう一方の頬をも向けなさい。上着を奪い取る者には、下着をも拒んではならない。
6:30 求める者には、だれにでも与えなさい。あなたの持ち物を奪う者から取り返そうとしてはならない。
6:31 人にしてもらいたいと思うことを、人にもしなさい。
6:32 自分を愛してくれる人を愛したところで、あなたがたにどんな恵みがあろうか。罪人でも、愛してくれる人を愛している。
6:33 また、自分によくしてくれる人に善いことをしたところで、どんな恵みがあろうか。罪人でも同じことをしている。
6:34 返してもらうことを当てにして貸したところで、どんな恵みがあろうか。罪人さえ、同じものを返してもらおうとして、罪人に貸すのである。
6:35 しかし、あなたがたは敵を愛しなさい。人に善いことをし、何も当てにしないで貸しなさい。そうすれば、たくさんの報いがあり、いと高き方の子となる。いと高き方は、恩を知らない者にも悪人にも、情け深いからである。
6:36 あなたがたの父が憐れみ深いように、あなたがたも憐れみ深い者となりなさい。」

6:37 「人を裁くな。そうすれば、あなたがたも裁かれることがない。人を罪人だと決めるな。そうすれば、あなたがたも罪人だと決められることがない。赦しなさい。そうすれば、あなたがたも赦される。
6:38 与えなさい。そうすれば、あなたがたにも与えられる。押し入れ、揺すり入れ、あふれるほどに量りをよくして、ふところに入れてもらえる。あなたがたは自分の量る秤で量り返されるからである。」



この聖書の箇所を初めて読んだ時、悪人に「手形(お墨付き)」を与えてどうするのだ!?と戸惑ったのを覚えていますし、それはいまでもあまり変わらず、だれかから(広義の意味で)講解を求められた時になんて答えたらいいのか今でもわからない箇所なのです。誰もができないことであったり、オウムのようにしてはならないことを神の御心というのであればそれはカルト宗教です。無条件に自分のものすべてを差し出しなさい、というのを聞かれたら、キリスト教もカルトなのか?と疑心してしまうでしょう。
神様、仰っていることは良くわかります!でも、そう信じているのだからお前の持っているもの全てを俺によこせ、と言う輩が登場したら、はいその通りにします、とは僕は絶対言えません。
それなのに、なんで聖書は…なんでイエスはこのようなことを弟子に話したのでしょうか?

しかも32節で、自分を愛してくれる人を愛したところでと書かれています。例えば教会の仲間に優しくしたところで、そんなもんじゃぁと言われる訳です。
学校でいじめをした人、会社の嫌な上司、にこやかな顔で近づいてペテンにあわした人、些細なことでクレームをつけてくるお隣さんなど、自分が嫌だと思う人、関わりたくないと避ける人、絶対に許せない人に対して「愛しなさい」と言われてわかりました、とは言えないものです。

それが人間のレベルと神のレベルの差だと説かれます。所詮「自分は温厚で人を愛せる聖人だ」と思った所で、神の目には極悪な人と五十歩百歩だと言うのです。
人間には、本当に無条件で人を愛し切れるものなど持ち合わせていないと言われます。
だから神と結びつく必要があると言うのです。

憐み深い、と繰り返して聖書は語られます。清水牧師は、この言葉は日本語にすると上から目線のように見えるかも知れないが、コンパッション(compassion)は共に苦しむと言うことだと語ります。
聖書の中でも有名な「善きサマリア人の喩え」も盗賊に襲われて道端に倒れているユダヤ人を「憐れんで」助けます。「放蕩息子の喩え」も父親からもらった財産をすべて遊び呆けて家畜のえさを食べていた息子を「父親は息子を見つけて、憐れに思い、走り寄って首を抱き、接吻した。」とあります。
どちらも相手の気持ちになった時「痛み」を感じ、その「痛み」を見た瞬間に共有して、そういう行動に出たのでしょう。
そこに相手の立派さや強さや正しさなどはないのです。ただ、相手が可哀そうに思い、それを見逃すことができない「痛み」に取りつかれたからこその行為です。

イエスはそんな相手をかわいそうに思うコンパッションを大事にしなさいと語ったのでしょう。
つまりは、悪人が自分勝手にお前のものをすべてよこせと言われたらあげることが大事ではなく、あげなくては自分の心が凹ってしまうからと言う自主的な判断。悪人の言うことを真に受けて従いなさい、ではなく、たとえ相手が悪人であったとしても自分の心が動かされたのならその悪人のために出来ることをしてあげなさい、と言う趣旨。
そんな気持ちの時に、相手の人を知っている知らないに問わず、損得勘定抜きに、思わず差し出してしまう関係を持つことが大切なのではないでしょうか。

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20190224-01

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今日の礼拝は11人、そのうち9名の方とお昼を共にし、それから運営会議。東海大学の杉本先生と学生のKさんと一緒に完成後のお話。
日々進んでいく中、台所のない生活を過ごしてくださっている牧師ご夫妻にただただ感謝。そんな訳で食卓も紙皿にラップをまいた上に、カセットコンロで作った食材。

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そして駅からは松田山のカワヅザクラ。

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  1. 2019/02/24(日) 20:24:38|
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